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  • 2018.02.27 Tuesday

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    ゆめのそばでゆめをみる

    • 2018.02.25 Sunday
    • 23:33



     

    学校から帰って玄関のドアを開けるとそこには普段見慣れない靴が一足。不思議がりながらちょっとうれしい予感がして靴を脱いだあとで居間に行くとそこに親戚のお姉さんがいた。お姉さんといってもわたしのお姉さんではなくて、親戚のお姉さん。お母さんのいとこ。おばあちゃんの妹の娘さんなの。
    「ただいま。お姉さん、いらっしゃい。今日はおばさんは一緒じゃないの?」
    わたしがそう言うとお姉さんは振り返り、お母さんはわたしのところまで来て、両手を肩に置いた。
    「おかえり。鞄置いてきなさい、お姉さんがお話があるって」
    「こんにちは。今日はちょっとお願いがあって来たの」
    なんだろう? わたしがお母さんとお姉さんの顔を交互に見てると、お母さんが苦笑いして「さぁ」と言うので部屋へ行ってカバンを置いてきた。居間に戻るとテーブルにさっきはなかったオレンジジュースとケーキがあってお母さんが用意してくれたみたいだった。ケーキはさっきまでお母さんとお姉さんも食べていたみたいで空のケーキ皿とティーカップがふたりの前にある。
    「ケーキを買ってきてくれたのよ。お姉さんにお礼を言いなさいね」
    「ありがとう、お姉さん。それで、さっきのお願いって何?」
    わたしは自分の分のケーキが置かれているお母さんの隣の席につくとお斜め向かいの姉さんの方を向いて言った。お母さんはわたしの言葉が終わるのを待ってさりげなくお姉さんと自分のカップに紅茶を注ぐ。ガラスのティーポットの中の赤い花びらと香りでわかったけど、これはお母さんが特別な時のために買ってるバラの紅茶だ。まだ子供だから飲んだらダメっていわれるけどこの香りは大好き。
    「あのね、私、結婚することになったの」
    「本当!?」
    わたしはびっくりして立ち上がってテーブルに手をついた。ガタンってテーブルの上のものが揺れた。お母さんは「こら。何やってるの」と肩を掴んで座るように合図した。わたしは恥ずかしくなってうつむいて椅子に座り直す。
    「えっと、お姉さんはお嫁さんになるの?」
    「そうよ。それでね、結婚式に出てもらおうと思って来たんだけど、そこでお願いがあるの」
    「お願い……。なんだっけ、えっとブライド・メイドだっけ? それ?」
    わたしがそう言うとお母さんとお姉さんはお互いの顔を見て笑いだした。
    「それはもうちょっと大きくなってからかなぁ」とお姉さんはカップを手に取ってお茶を一口飲んだ。
    「どこでそんな事を覚えたのよ?」お母さんはわたしの顔を覗き込んで言う。
    「お父さんとお母さんがテレビで見てた映画で言ってたよ。ほら、外国のやつ。友達同士が花嫁になる友達のブライド・メイドにどっちがなるか喧嘩してた」
    「わたしもその映画、見てたよ。けど、お願いしたいのはちょっと違ってね」
    お姉さんは携帯電話を出しておめかしした外国の女の子の写真を見せてくれた。その女の子はハートのかたちした小さなクッションを持っている。
    「リングガールをお願いしたいの」
    「リングガール?」
    わたしは写真がよく見えるように携帯電話を覗き込んだ。目を凝らしてみるとクッションには小さくてわかりづらいけど指輪乗っているのが見えた。
    リングって指輪のことだよね。指輪のコマーシャルで聞いたことがある。でも、ちょっとピンとこなくて顔をあげると笑顔でわたしを見ているお姉さんと目が合った。
    「結婚式で指輪の交換ってあるでしょう? その時に花嫁さんと花婿さんに交換する指輪を渡す女の子のことなの。それをね、やってほしくて。どうかな?」
    「わたしが?」
    「うん。やってもらえないかな?」
    わたし、結婚式って行ったことがないんだけどテレビで見た結婚式を色々思い出していた。そんなのがあるんだ。知らなかった。
    親戚の人たちやお姉さんやお姉さんのお婿さんの友達がたくさんいるところで、見せてもらった写真みたいな格好で指輪を渡すんだよね?
    少し恥ずかしいし、失敗したら怖いけど、お姉さんの結婚式ならわたしやってみたい!
    わたし、お姉さんが大好きだし、結婚式は特別な日だって言うしそれなら何かしてあげたいもの。
    お姉さんは笑顔を崩さず、お母さんは少し不安そうにわたしを見ている。お母さんはわたしが「いや」って言うかもって不安なのかな。でも、なんて返事をするかは決まったいた。まだどんなことかちょっと想像つかないけど、でも、お姉さんが喜んでくれるなら答えは決まってる。
    「わたし、やりたい! あの、その、やらせてください!」
    わたしはそういってお姉さんにお辞儀をした。
    すると、お母さんは胸をなでおろして安心した顔をして、お姉さんはわたしのところまで来て「ありがとう!」って抱きついた。
    「よろしくね! 詳しくはまだ決まってないから今度話すとして、一緒に服を選んだりいろいろあるけど、親戚でいちばんかわいい子にお願いしたかったからよかった!」
    お姉さんがそういうと、わたしは急に照れくさくなった。「かわいい」なんてあんまり言われたことなかったから。だから、なんだかそわそわして落ち着かない気持ちになったからテーブルの上で待ちぼうけになってるケーキをそっと食べ始めた。
    席に戻ったお姉さんとお母さんが今度ははしゃぎはじめてなんだか子供みたいでおかしくって、今度はわたしが笑顔でふたりを見ていた。だけど、すぐにすごいことを引き受けたんだと気がついてケーキを食べていたけれど、どんな味かまでは頭に入ってこなかった。きちんとわたしにできるのかな?



     

    結婚式は5月なんだって。ジューンブライドっていって6月が結婚式に人気の時期だそうだけど、結婚式場がどこも混んじゃうからってその前の時期にしたってお姉さんが言ってた。
    4月になって学年が一つ上がったわたしの新学期最初の日曜日。わたしはお母さんと一緒にお姉さんに会いに出かけた。先週お姉さんからお母さんに電話があって、今日は結婚式で着る服を決めるんだって。
    お母さんの車に乗って出かけたのは街にある貸衣装屋さん。結婚式とか特別な日に着る服を貸してくれるお店で、お姉さんもウェディングドレスをここで借りるって着いてからお店の人を待ってる間に教えてくれた。今日はお姉さんのお母さん――わたしのお母さんのいとこ――も一緒。今日はわたしの服を決めるのに勢揃いで少し照れくさくなった。
    「お待たせ致しました。今日はリングガールのお嬢さんの服を決めるんでしたね。本日はよろしくお願い致します」
    そう言って、髪の毛を束ねて黒いスーツを着た小柄な女の人がわたしたちが待っているテーブルにやってきた。スーツには名札を付けてあってそこにはお店の名前と「スタイリスト」という言葉と名字が書いている。スタイリストって衣装を着せてくれたりやお化粧をしてくれる人だよね。この人がわたしの着る服を一緒に選んでくれるのかな? お姉さんが「お店の人と一緒に服を選ぶ」って言ってたもん。
    「先日はありがとうございました。彼も服が決まって安心してました」
    「新郎様は迷われてましたものね」
    「彼がご迷惑をおかけして」
    「いえいえ、こちらも仕事ですから。満足されていたようでわたくしとしても嬉しいです」
    なんだかお姉さんとスタイリストさん、親しげに話してる。新郎さんってお姉さんが結婚する相手の人の事だよね。そういえばまだ会ったことないや。今日は来てないのかな?
    「さて……」
    スタイリストさんはわたしの方を見た。なんかすごいきれいな人。芸能人って会ったことないけど、こんな感じなのかな? なんか、すごく華やかでお人形さんみたいだから。
    「リングガールをされるお嬢さんですよね? はじめまして」
    スタイリストさんはわたしの方をみてにこって微笑んだ。やっぱりすごくきれいでわたしは緊張してドキッとした。
    「は、はい! よろしくおねがいします!」
    慌ててわたしは立ち上がってお辞儀した。あんまり慌てていたので椅子に足が当たってが倒れそうになったのをお母さんがあわてて押さえた。「こら、落ち着きなさい」ってこの間、お姉さんがうちに来た時みたいにわたしの肩を掴んで座るように合図した。わたしはなんだか恥ずかしくなってうつむきながら椅子に座り直した。
    「こちらこそよろしくおねがいしますね」
    そう言ってスタイリストさんはわたしのちょうど向かい側のお姉さんとおばさん――今日一緒に来てるお姉さんのお母さん――の間の誰も座っていなかった椅子に座った。そして、抱えていたカタログをテーブルに置いて最初のページを開いて確認すると、向きを変えてこちらに見せた。
    「最近、リングガールを親戚の子にお願いされる方が増えましたよね。大事な役目だからおもいっきりかわいい服を選びましょうね」
    スタイリストさんはさっきと同じようにわたしの顔を見て微笑んだ。わたしは少し照れくさくなって顔を下に向けた。その時に、スタイリストさんの開いたページが目に入った。結婚式の写真だとは思うんだけど、花嫁さんと花婿さん、牧師さんだけじゃなくて、真っ白なドレスを着て頭にはと花の冠を着けたわたしより少し年下くらいの女の子が一緒に写っていた。女の子はすこし緊張した様子でこの間、お姉さんに見せてもらった携帯電話の中の写真にあったみたいな指輪をのせたクッションを花嫁さんと花婿さんに差し出している。そして、ふたりと牧師さんは笑顔で女の子を見ている。最初にお姉さんがわたしに見せてくれたリングガールだけの写真では指輪を渡すって事はわかったけど、渡す時にどんな感じかまでは想像がつかなかった。けど、この写真を見てどんな感じかはっきりわかった気がする。
    わたしは写真に夢中になっていたみたいで、お母さんに肩をぽんぽんと叩かれてスタイリストさんが何か話していることに気がついた。お母さんはそんなわたしに「もう、この子ったら」と困った感じに笑っている。
    「あ……。ごめんなさい」
    「イメージはつかめたかしら?」
    スタイリストさんはとても優しい言い方でわたしに訪ねた。
    「はい。この間、お姉さん――」
    「あ、わたしです。他のいとこたちより年が若いので」とお姉さんはスタイリストさんに小さな声で説明する。他のおかあさんのいとこはおばさんって呼んでるけど、お姉さんだけはお姉さんって呼んでるからね。
    「はい、お姉さんに写真を見せてもらったけど、リングガールの子だけだったからどんな感じかよくわからなくって。でも、お姉さんとお婿さんに指輪を渡す時にこんな感じなんだってわかって楽しみになりました。あ、でも、親戚のひとたちがいっぱいいるから緊張するかも……」
    「それは大丈夫ですよ。当日、きちんと本番前に練習しますから」
    スタイリストさんは優しい笑顔でわたしの目を見て言った。
    「まずは、どんなドレスを着るかを選ばないとね」
    お姉さんは楽しそうに言う。
    「このカタログに載ってるドレスは全部お店にありますから、ここから選んでいきましょう」
    スタイリストさんはわたしの手の届く場所までカタログを差し出した。カタログにはたくさん付箋が貼ってあって、お母さんから電話でわたしの服のサイズを聞いてわたしが着られるものが載ってるページを調べておいてくれたんだって。「いつの間に」って思ってお母さんをちらっと見たけど、ちょっと嬉しい。
    付箋の貼っているページを一つずつ見てそこに乗っているドレスを見た。写真の中で着ている女の子もちょうどわたしと同じくらいの年の子だから実際にどんな感じだろうって想像もしやすい。実はこの間、お姉さんに見せてもらった写真もこのカタログの最初のページの写真もわたしより小さい子だったからわたしが着るのに幼すぎる服ばかりじゃないかって心配だったんだ。
    どのドレスも着てみたくてすごく迷う。あの写真みたいにお姉さんとこれから旦那さんになる人――まだどんな人か会ったことないから知らないけれど――に喜んでもらいたいという気持ちと、せっかくだからかわいい服を着たいという気持ちがいったりきたり。
    わたしは「うーん」ってうなったりしていたらスタイリストさんが見かねたのかわたしの手にそっと触れた。
    「写真だけだと迷うでしょうから、まずはどれか着てみましょうか? 例えばこのページのとか」
    「はいっ!」
    わたしが返事をするとスタイリストさんが立ち上がってわたしの所まで来て椅子を軽く引いた。その合図でわたしが立ち上がると、お店の奥の服が沢山ハンガーに掛けてあるところに手を向けた。
    「さっそく行ってみましょうか」
    スタイリストさんがそう言うとわたしはお母さんの方をちらっと見た。
    「せっかくだから二人でいって好きなの選んできなさい。お母さんが行くと色々言いたくなっちゃうから」
    そう言うと、お母さんは来てすぐにお店の別の人が用意してくれたコーヒーを一口飲んだ。そんなお母さんの言葉に緊張しながらわたしはスタイリストさんに手を引かれて子供向けの衣装のある場所に向かった。
    ほんの短い距離だけど、カタログの服を着ている自分を想像して色々楽しみな気持ちでいっぱいになっていた。スタイリストさんはそんなわたしの様子を見てなんだか満足そうだった。なんだろうとってもワクワクしてる。こんな気持ちになるのははじめてかも。


     

     この日、わたしはスタイリストさんが付箋を貼ってくれたページの服を全部試着した。本当はすぐに決まるかなって思ったんだけど、あれも着たいこれも着たいってなって気がついたら全部だったんだ。でも、なんとか一つに決めることができてそれを着てお姉さんたちのところに行ったらみんなわたしの選んだ服を気に入ってくれたみたい。
    お母さんは時間がかかり過ぎだって呆れていたけど、似合うって言ってくれたからうれしかった。
    それと、お姉さんは「かわいい!」って言ってすごく喜んでくれた。携帯電話で何枚も写真を撮って別の結婚式の準備で今日は来ていない花婿さんに送ってた。わたしはなんだかすごく照れるけど、結婚式が楽しみでしょうがなかった。



     

    4月に貸衣装屋さんでドレスを選んでから、わたしがお姉さんの結婚式のためにすることは特になかったんだけど、時々、お姉さんはわたしを食事に誘ってくれた。最初にお姉さんと一緒に食事に行った日にお姉さんのお婿さんを紹介してくれた。最初は無表情で少し怖いって思ったけど、話してみるととても優しい人みたいなのとよく冗談を言う人だった。わたしはまだ子供だから結婚するってよくわからないけど、二人を見てるとお姉さんはお兄さん――お婿さんの事をこう呼ぶことにした――はとても仲良しなんだなってわかる。結婚式の日までに何度か会ったけどお姉さんはお兄さんの前ではおばさんやわたしの前ではしないような顔をたくさんした。結婚するのは家族や友達とは違う意味で特別に好きな人とするものだって言うのを聞いたことがあるけど、そんなお姉さんの様子を見ていてその特別がどんなものかまだよくわからなくてもすてきなものなんだなって感じた。


     

     今日はお姉さんの結婚式の日。わたしとお父さん、お母さんは他の親戚の人達よりも早く結婚式の会場のホテルに到着した。リングガールをするわたしはドレスや指輪の準備をしたり本番の練習をしたり花嫁さん、花婿さんと同じくらいの時間に行く必要があるんだって。
    わたしは花嫁さんの控室でドレスに着替えさせてもらった。お姉さんも同じくらいの時間に来ていたんだけど、お友達にお手伝いをお願いしていてその打ち合わせで別のところにいるみたい。だからその間、控室はわたしとスタイリストさんとお母さんの三人だけだった。
    スタイリストさんに手伝ってもらいながらドレスに着替えた時に髪の毛も整えてもらって、色んな色の花を編んだ冠をつけてもらった。特に髪飾りの話はしてなかったんだけど、服を決定した後に資料として撮った写真を見ててわたしが写真で気になっていた様子だったことを思い出して「似合うかも」と思って用意してくれたんだって。それを聞いたらなんだかうれしくなって髪のセットが終わった後で立ち上がって鏡に色んな方向から自分を映して見てみた。
    そんなわたしの様子を見ると「なんだかお姫様みたいね」と言ってお母さんもうれしそうだった。わたしはなんだか照れくさくなって「えへへ」って笑った。そうしているとホテルの人がわたしたちを呼びに来た。これからホテルの人や牧師さんとリングガールの入場の練習をするんだって。リングボーイは準備できてるからすぐ来てくださいって。
    お母さんはその話を聞いてバッグを持つとすぐに式場に行くようにって手を引いた。
    リングボーイがいるなんてその時はじめて聞いたからわたしは少しびっくりした。ホテルの人とエレベーターの中で話したんだけど、リングボーイはわたしと同い年でお兄さんの親戚の子なんだって。何も教えてもらわなかったけど、リングガールをわたしにお願いするのはお姉さんのアイディアで、お兄さんも特に考えずにわたしからふたりとも指輪を渡すみたいだったけど、先週ふと思いついてお兄さんの甥っ子さんにやってもらえないかを聞いてみたんだって。急だったからサプライズみたいになっちゃったけど、男の子は普通に出席するのもリングボーイするのもそんなに格好が変わらないから大丈夫だったみたい。


     

     ホテルの中の結婚式場の入り口のところは結婚式のない日は喫茶店やバーになるみたいで、客席がいくつもある。わたしは普段、予約席として使われている奥の個室に案内された。そこはリングガールとリングボーイの控室になっていて、リングボーイをする子が先に来ていた。
    わたしはリングボーイの顔をみるとびっくりして少し大きな声で「あっ!」って言った。一度、目をパチパチしてもう一度、ジュースの入ったコップを持ってる男の子の顔を見た。その子はうちの近所に住んでいるクラスメイトだった。
    『どうしてここにいるの!?』
    わたしとリングボーイの子はまったく同じタイミングでそう言った。すこしの間を置いてまるで打ち合わせでもしたかのように声が重なったことがおかしくなってお互いに笑った。
    「花嫁さんがわたしの親戚なの」
    「すごい偶然だね、花婿はぼくのおじさんなんだ」
    「さっき、ホテルの人に聞いたよ。花婿さんの甥っ子にお願いしたって」
    わたしはびっくりして少し頭が混乱しているけど、とりあえず落ち着くためにリングボーイの座っている椅子から小さなテーブルを挟んで隣の椅子に腰掛けた。ホテルの人がメニューをくれてほしい飲み物を聞いてくれたから、アップルジュースをお願いした。
    「ホテルの人に聞いたけど、君だって知らなかった。びっくりしたよ」
    「それはぼくも一緒だよ」
    お互いに顔を見てやっぱりおかしくなって笑った。そんな様子を見てわたしに笑いかけながらホテルの人はわたしの隣にジュースを置いた。
    ときどきホテルの人の声が聞こえたりオルガンの練習の音がかすかに聞こえたりするけどわたしたちのいる控室はすっかり静かになっていた。
    そんな静かな中で、少し心細くなってリングボーイに話しかけようかと思ったけど、何を話していいかわからなくてわたしは黙っているしかなかった。結婚式に出席する人たちがここに来る前に入場と花嫁さん花婿さんの前まで歩いて行くのを練習するって聞いていたけど、いつまでもその時間がなんて来ないんじゃないかって思うくらい時間が進むのをゆっくりに感じる。
    わたしは顔を上げた。するとわたしがみている向こうには鏡が置いてあってドレス姿のわたしとタキシード姿のリングボーイが映っていた。さっきまではしゃいでいたけど、改めて自分の姿を見るととても緊張した。
    そして、クラスメイトで普段学校で一緒のこの子がお兄さんの甥っ子さんだって知ったびっくりで忘れていた事を思い出した。だって――親戚の誰かにはそうからかわれるんだろうけど――わたしたちもなんだか小さな花嫁さんと花婿さんみたいに見えたから。そんな事を考えてるうちにわたしはそわそわしてきた。
    「さぁ、おふたりさん。練習の時間ですよ。チャペルへどうぞ」
    鏡に映った自分たちの姿にそわそわして戸惑っていたわたしを助けてくれたのはさっきここにわたしを案内してくれたホテルの人だった。
    わたしはドレスの裾が変にならないように慎重に立ち上がった。リングボーイはズボンだと楽なのかわたしより少し早く立ち上っていた。顔を見るととても緊張してる。
    「今日はよろしくね」わたしは緊張と鏡を見た時のそわそわを振り払うように思いっきりの笑顔でそう言った。
    「うん!」リングボーイも笑顔になった。
    そして、どうしてかはわからないけどわたしたちは握手をしてお互いに前を向いていた。
    「これから、リングガールとリングボーイのおふたり、そちらへ案内します」
    ホテルの人は胸ポケットにつけたトランシーバーのマイクに向かってそう言った。多分、他のところにいる人と連絡を取ってるんだと思う。
    それは、今日のわたしたちのお仕事が始まる合図だった。



     

     ホテルの人に呼ばれてチャペルに来たわたしたちにとってこの練習は一度きりのチャンスだった。しかも、お手伝いしてくれるお友達との打ち合わせの関係で花嫁さん花婿さんとは別に練習だったから、余計に不安になる。ホテルの人も牧師さんも「合図をするから大丈夫」とは言われたけど合図を忘れたり気が付かなかったりしないかとても心配。
    最初、チャペルに着いた時に牧師さんが入り口で待っていてくれた。牧師さんは外国の人で映画に出てくる結婚式のシーンに本当にいそうな感じ。わたしもリングボーイも英語も他の外国語も話せないからパニックになったけど、「こんにちは。今日はよろしくお願いしますね」と外国の人の喋り方ではあったけどわたしたちと同じくらい日本語を話せるみたいで安心した。
    一度きりの練習でわたしたちは本番で間違えたりしないように慎重に一つ一つを確認していった。本番ですることは指輪をリングピロー――指輪の乗るクッションをそう呼ぶってホテルの人に教わった――に乗せて赤い絨毯が敷かれた真ん中の通路を歩いて花嫁さん、花婿さんのいるところに運ぶ。わたしは指輪を花嫁さん――つまりわたしの親戚のお姉さんに渡して、リングボーイはおじさんである花婿さんに指輪を渡す。それからお辞儀をしてそれぞれお父さん、お母さんのいる席に行ってお仕事は終わり。やることはとても単純だし間違えないとは思うんだけど、やっぱり何度考えても緊張する。今日はお姉さんとお兄さんの特別な日だから、花嫁さん花婿さんとして過ごす大事な日だから、間違えられない。


     

     わたしたちは練習が終わって戻ってきたお姉さんとお兄さんとリングボーイの四人で最初に案内されたチャペル横の控室にいた。最初、リングボーイとリングガールだけだと思ってたら花嫁さんと花婿さんの控室でもあったのはびっくり。お陰で余計に緊張しちゃうよ。どうしよう。
    お姉さんとお兄さんはわたしたちが緊張してるのを気にかけてくれたのか、色々と話しかけてくれる。わたしはそのおしゃべりを緊張を忘れられないままだけど楽しんでいたけど、リングボーイは完全に固まってる。そして、そんな風に気にかけてくれるお姉さんとお兄さんもちょっとした瞬間に緊張してた顔になるのを隠せないでいる。つまり、わたしたち四人はみんな緊張してここにいる。みんな、なんだけど多分お姉さんとお兄さんの方が緊張してるんだろうな。だって一生に一度のことだもん。リングボーイはわからないけど、わたしは他にもお姉さんと同じくらいの年頃の結婚してない人がいるから他にもチャンスがあるかもしれない。だからといってもこれが最初で最後かもしれないし、それ以前にやっぱりわたしたちがするのは一生に一度の特別な日の人のためのお仕事だから、気楽じゃないしドキドキする。やっぱりお姉さんとお兄さんには今日が幸せな思い出になって欲しいもの。
    四人でおしゃべりをして緊張を紛らわしていた時間の終わりは突然やってきた。
    「そろそろ、新郎様とリングガールとリングボーイのおふたりの出番ですが、よろしいでしょうか?」ホテルの人が一度、控室の様子を覗いてから入ってきた。
    『はい!』
    わたしとリングボーイは立ち上がって同時に返事をした。お姉さんはそんなわたしたちを見て少し笑った。お兄さんは優しい笑顔でわたしたちふたりを交互に見て立ち上がった。お姉さんは改めてわたしたちの方を見て「あとでね」と言った。
    「さぁ、こちらへどうぞ」
    ホテルの人に案内されてチャペルのドアの前に来た。お兄さんはネクタイの位置を確認して深く息を吐いた。緊張してるよね、やっぱり。
    今度はわたしたち以外に誰もいない。さっき、チャペルの前や普段喫茶店の客席になってるテーブルにたくさん人がいたのを控室から見た。中にはわたしのお父さんとお母さん、おじいちゃんやおばあちゃんもいた。その人たちは今、全員、ドアの向こうのさっきわたしたちが練習をしたチャペルにいる。みんなは今日、お姉さんとお兄さんをお祝いするためにやって来たんだ。
    わたしたちはこれからそのお手伝いをする。大好きな人と一緒に暮らす最初の日が幸せな思い出になるためのお手伝い。
    結婚ってわたしはまだ子供だからずっと先のことだしよくわからなかった。でも、初めてお兄さんに会った日、結婚式直前の時間を過ごすふたりの姿、わたしが見たのはほんの少しだけど、ふたりの間に言葉にできない何か特別なものがあるのがわかる。多分、お互いを好きって気持ちはそういうことなんじゃないかな。
    ドアの前にやってきてホテルの人からリングピローを受け取るまでのほんの少しの時間。わたしは緊張して唇を震わせてるリングボーイの手をそっと握った。そんなわたしの手も震えてる。大丈夫、きみだけじゃないよ。ふたりで力を合わせて精一杯お祝いしよう。口では言わなかったけれど、リングボーイの目を見て心のなかでつぶやいた。伝わったみたいでリングボーイは少し落ち着いた様子をわたしに見せる。
    わたしは自分も落ち着けたからそっと手を離した。でも、リングボーイとはお互いの顔を見たまま。
    今日は花嫁さんと花婿さんの特別な日。大好きな人との生活の始まりの日。
    その「大好き」の意味の半分くらい、もっと少ないとは思うけど、多分、わたしもお姉さんがずっと昔に経験した気持ちを見つけた気がする。
    わたしは口元を緩めて思いっきりの笑顔を作ってリングボーイの目をしっかりと見た後、前を向いた。
    そして、さっき呼ばれたときみたいにわたしたちは同時に深呼吸をする。
    ホテルの人はわたしたちにリングピローを渡した。リングピローはカゴにまくら――ピローってまくらって意味だって教えてもらったからクッションよりまくらって呼んだ方がいいよね――が乗っていてそこにリボンで結ばれたきれいな指輪が乗っている。リングピローと指輪はわたしとリングボーイが持ってるものは同じデザイン。だけど、わたしの持ってる指輪のほうが大きい。それはお姉さんがお兄さんにあげる指輪を渡すのがわたしの役目だから。お兄さんの手のほうがずっと大きいからね。
    「それでは。ただいまから入場です」
    わたしたちを迎えに来た人とは別のホテルの人が左右それぞれのドアの前にいて、同時に両方のドアを開いた。
    ドアの向こうにはわたしたちがさっき練習したときとはとても同じ場所とは思えない光景が広がっていた。さっきは誰も居なかった通路の左右にある参列者席にはたくさんの人が座っていた。わたしとお姉さんの親戚の人がいる。あとの知らない人は多分、お兄さんの親戚の人やふたりのお友達だと思う。
    お兄さんとわたしたちはまっすぐ前を向いてチャペルの奥にいる牧師さんのいる場所を目指して歩き始めた。
    一歩一歩、慎重に足を進める。お兄さんとリングボーイの歩幅に揃えるように気をつけながら。右と左、両方に並んでいるお兄さんとお姉さん両方の親戚や友達のひとたちがわたしたちを優しく見守っている。
    わたしたちは牧師さんのいる場所の前にある短い階段の前まで来た。ここでわたしは階段の前で左、リングボーイは右に立ち止まる。お兄さんは階段を上って右側に立った。わたしとリングボーイはお互いに向き合うと姿勢を正した。わたしたちがそろうとざわざわと声の聞こえていたチャペルが一瞬で静まり返った。
    耳のそばをふんわりした何かが駆け抜けるような感じがする。静かになった瞬間は不思議。何も聞こえないのに「静か」って名前の音が聞こえているみたい。とても気持ちのいい時間だけど、少し怖い感じがする。
    そして、わたしたちが入ってきてから一度閉められたドアが開いた。参列者席の人達が一斉にドアの方を向いた。わたしは打ち合わせではリングボーイと向かい合わせのままなんだけれど、どうしても気になってわたしたちはみんなと同じように開いたドアの前にいるお姉さんを見た。
    きれい……。控室ではなかったベールを身に着けている。付添人をしてくれているというお姉さんのお友達が長いスカートを持って歩くのを手伝っている。真っ白なドレスはチャペルの窓から入ってくる陽の光でキラキラと輝いている。まるでおとぎ話のお姫様みたい。
    参列席の人達がお姉さんの頭の上に花びらを放り投げて、お姉さんがその花びらの降る道を歩いている。フラワーシャワーというそうだけど、花びらの香りに少しずつ包まれてきて緊張は解けないけどとても気持ちのいい雰囲気にチャペル全体が変わっていく。
    わたしの前まで来るとお姉さんは他の人に見えないように小さくわたしに向かって手を振った。そして階段を上がって花婿さんの前まで来た。牧師さんがわたしたちに目配せをする。それを見るとわたしはリングボーイと目を合わせて小さくお互いにうなずいた。
    わたしたちは階段の下から花嫁さんと花婿さんの一つ下の段まで上がる。そして、わたしは花嫁さんに、リングボーイは花婿さんにリボンを解いてそっとリングピローに乗せた指輪を差し出した。
    花婿さんがまずリングボーイから指輪を受け取る。牧師さんの合図で花嫁さんは左手を差し出し、花婿さんは薬指に指輪をはめる。その間、花嫁さんは花婿さんを見つめている。
    そして、今度はわたしが指輪を差し出して花嫁さんはそれを受け取る。そして、自分がしてもらったのと同じように花嫁さんは花婿さんの左手の薬指に指輪をはめた。
    わたしはふたりをじっと見つめている。本当はここでお父さんとお母さんのところに戻るんだけど、控室でお姉さんから間近で見届けてほしいってお願いされたからわたしとリングボーイはここにあと少し残るの。
    「それでは近いのキスを――」
    これまで緊張で耳に入らなかった牧師さんの言葉が初めてはっきりと耳に届いた。
    花婿さんはベールを上げて花嫁さんのおでこに口づけをした。わたしはそんなふたりを息を止めて、心臓をドキドキさせながら見ていた。
    おめでとう、お姉さん。多分、お姉さんの方がわたしよりもずっとドキドキしてると思う。でも、幸せそう。「結婚の誓いを見届けてほしいの」ってお願いされてこうして本来のわたしたちの出番より長くここにいるけど、わたしはお姉さんが幸せになるのを祈ってるからね。
    お兄さん、今日からよろしくね。親戚が増えるってあんまりピンとこないけど、仲良く慣れたらうれしいな。
    わたしはふたりの姿に見とれていてぼーっとしていた。そんなわたしにホテルの人は肩をトントンと軽く叩いて今日のお仕事の終わりを教えてくれた。
    わたしは思わずリングボーイの方を見た。同じように別のホテルの人が呼びに来てるところだった。
    わたしたちはそっと参列席にいるそれぞれのお父さんとお母さんのところに向かった。


     

     結婚式のあとにはパーティーがあった。ウェディングケーキにふたりでナイフを入れたり、キャンドルサービスといって花嫁さんと花婿さんがテーブルをまわってろうそくに火をつけたり。わたしが昨日までで結婚式と聞いてイメージするものはパーティーの時間にやるものなんだね。
    親戚の人のお祝いのスピーチとか、お姉さんやお兄さんのお友達のカラオケとか、いろんな出し物があってそれからみんながお話しながらお食事する時間になった。おばさん――お姉さんのお母さんでわたしのお母さんのいとこ――があいさつに来てくれたり、他の親戚の人がお話しにわたしたちのいるテーブルに来たりした。わたしもお母さんと一緒にお姉さんとお兄さんにお酌をしに行ったりもした。なんだかとっても賑やかな時間で楽しい。さっき、リングガールをしたときは緊張しっぱなしだったからね。お母さんとお酌をしてテーブルに戻ろうとしたときにわたしはお母さんに別のところに行かせてほしいとお願いをした。
    わたしは給仕さんから瓶のオレンジジュースを一つもらった。わたしはジュースと一緒にもらったコップ二つを持って花婿さんの親戚のテーブルに向かった。そこにリングボーイとそのお母さんがお食事をしていた。わたしはお邪魔じゃないかなと少しためらったけど、「お疲れ様」って言いたかったからやっぱり挨拶しに行くことにした。
    「こんにちは」
    わたしは少し照れながら挨拶をした。リングボーイのお母さんが先にわたしに気がついて「こんにちは」と返してくれた。リングボーイはお母さんに肩を叩かれて気がついて「あっ」とだけ言った。その様子が少しマヌケな感じがしてわたしは笑ってしまった。お母さんと一緒なのに悪かったかな?
    「あの、ジュースをどうかと思って」
    わたしはジュースの瓶とコップを前に向けて差し出した。リングボーイはお母さんの方を見る。
    「お母さん、これからおじさんのところに言ってくるからお友達とお話してなさい」そう言ってリングボーイのお母さんは花婿さんのところに行った。
    テーブルには他の親戚の人がいなかったからわたしはリングボーイとふたりきりになった。わたしはそのことに気がつくと少しそわそわして、とりあえずリングボーイの隣に腰掛けた。テーブルの上にコップを置いてその両方にオレンジジュースを注ぐとわたしはリングボーイの顔を覗き込んだ。
    「今日はお疲れ様」リングボーイはにこって笑って言った。
    「君もお疲れ様」わたしはコップを持って乾杯の合図をしながら言った。リングボーイももう片方のコップを持ち上げた。そして、ふたりでコップを鳴らして乾杯した。
    花嫁さんと花婿さんの席を見ると大人の人達が楽しそうに話してるのが見える。リングボーイのお母さんもいて、チャペルでわたしたちの向かい側に居た人だから多分、花婿さんの親戚の人たちだよね。あれだとしばらくは盛り上がって戻ってこないかも。そんな様子をみてなんだか安心してリングボーイの方を見た。
    わたしたちはそれからいつも学校でしてるような他愛もないおしゃべりを始めた。男の子には興味がないものなのか花嫁さんきれいだったねとかそういう話は出てこなかった。わたしはそんな事に少しがっかりしながらも、偶然ふたりきりになったこのテーブルでいつもの学校と変わらない話をするのがとても楽しく思えた。
    花嫁さんと花婿さんの叶えた夢のお手伝いをした後、ずっと考えていたのはこの時間だったから。大人の人達にはまだこのテーブルに戻ってきてほしくない。今日の主役のふたりが叶えた夢のかけらをわたしも見ていたい。できれば、オレンジジュースの乾杯がその始まりになって欲しい。
    わたしはリングボーイの目をじっと見ていた。
    「どうかしたの?」リングボーイはおしゃべりを止めてわたしに言った。
    「なんでもないよ」わたしは笑いながら言う。
    リングボーイは困った顔でわたしを見てる。男の子は女の子より子供でいる時間が長いってテレビで言ってたけど本当みたいだね。
    今は特別なおめかしをしながらいつものおしゃべりで十分だけど、いつかは気がついてほしいな。とにかく今はまだわたしだけの夢を叶ったばかりの夢のそばで見ていようかな。それがいつまでかは多分、もう少し大人になってからのことだろうけどね。


    BGM - 「永い夢」 YUKA (from metro)

     

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    年待ちの茶会

    • 2018.02.11 Sunday
    • 23:04

    馬車の御者 そんな名前のコーヒーを一杯
    お店のソファじゃ体育座りはできないから
    膝の上で頬杖をついて
    生クリームに足止めされた湯気を思っている

     

    君は時計とときどきにらめっこしながら
    ときどき生クリームをスプーンですくって

     

    時計の針が重なる時は
    大きな数字の繰り上げの時間

     

    生クリームが守ってくれるから
    グラスに触れるとコーヒーは熱いまま

     

     

    あと少し あと少しだから
    時計がカチコチ刻むリズム
    その先に待ってる待ちわびた時

     

     

    生クリームが温めてくれるこの時間は特別
    それがすぎるのを待つ間
    楽しみだけどなんだから名残惜しくて
    わたしの気持ちも行ったり来たり

     

     

    今日は忘れなかった鐘の音が聞こえたから
    乾杯といっしょに挨拶しましょう

     

     

    君によろしくの意味を込めて

     

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    ごっこ喫茶のバリスタのためいき

    • 2017.08.02 Wednesday
    • 22:55

     これはハンドルと呼べばいいんだろうか? コーヒーミルの取っ手を回しながら少しずつ音と香りを探っていく。
    正直言うとお店で挽いてもらってきたほうがおいしいけれど、春先の雨ですることともなく時間を持て余したわたしたちにはちょうどいいお茶の楽しみ方なのかもしれない。――そう、わたしがバリスタで目の前に「お客さん」がいてなんてシチュエーションでなければ。
    ハンドルへの注意をその速度と一緒に少しずつ緩めていくと、わたしは唇を尖らせて目の前で香箱座りの猫の手先と表情だけを真似しているお嬢さんを呆れた目で見た。
    「いい匂いねぇ。ここだとコーヒーの香りも心地よいわぁ」
    「あのねぇ……」
    「コーヒー、まだ足りないよ。ミルも時間がかかるもんね」
    「こっちは手が疲れたわ。休憩。やりたきゃ勝手にどうぞ」
    不貞腐れ気味でわたしはミルから手を離すと椅子に腰掛けた。立ったままかれこれ十五分くらい挽いていたから手も疲れたし座りたい頃でもあったんだ。
    「なんだぁ、お休み?」
    「じゃあ、あんたがやりなさいな」
    「わたしチビだもん。様にならないよ。やっぱり、背が高くて格好いい人がやらないと! でしょ?」
    「『でしょ?』じゃないっての……」
    交代させようと思ったものの口から出てくるのはこれか……。
    「でも、あんたはバリスタみたいで格好いいもん。男の子だったら今頃、どれだけドキドキしてたことか」
    「わたしが背高いの気にしてるの知ってて言ってるでしょ?」
    「気のせいよぉ」
    言ってることが気のせいじゃないことは付き合いの長い身としてははっきりとわかる。一応、親友とも言える間柄だからお互いこのくらいは言えるわけだけども。
    「でも、バリスタみたいで格好いいよ」
    「それは聞いた」
    「素敵だよ? 魅力的だよ」
    友達はじっとわたしを見た。相変わらず香箱座りの真似は続けたまま上目遣いで甘えるような目つき。
    これで呆けた性格さえなければ、今頃ボーイフレンドにも事欠かないだろうに。恋愛経験ゼロなのは気にしてないようだけど。
    それでわたしに「魅力的」だなんて、そろそろそういうことは卒業してもいい頃だと思うんだけどね。うちに来る前にコーヒーショップに買い出しに出かけた時に読んだと聞いた古い少女小説の影響なんだそうな。古本屋で見つけて読んだら夢中になったと言っていたから。
    わたしもそういう本も読むし嫌いじゃない。けれどそこで描かれているものを頭に思い浮かべると少しからかってやりたい気持ちになる。
    「それじゃあ、わたしと付き合う? 今はフリーだよ?」
    わたしがそう言うと友達は口元に人差し指を置く。冗談だと向こうもわかってるだろうに、どうしてこうかわいぶるかなぁ。
    「じゃあ、『お姉さま』になってくださる?」
    そう来ると思った。けれどあえて意地悪をしようかな? 
    「何それ?」
    もちろん知ってはいるけども。知らないふり。
    少しだけ見つめ合って、わたしの方はため息を付いたからミルを再び挽き始めた。
    「さっき、話したじゃない。そういうの読んだことがあるの」
    「そう……」
    まったく、昭和初期の女学生じゃあるまいし、「お姉さま」なんてわたしたちの柄じゃない。
    SNSのメッセージで「今日暇? 行ってもいい?」とやりとりをするわたしたちから小説の中の彼女らは程遠いでしょうに。
    けど、考えてみると素敵だと思う気持ちもわかる気がする。それが友情の延長や恋愛の練習としての疑似恋愛なのかそれとも女の子同士での本当の恋愛なのかわからないけども、友達以上の間柄のわたしたちが一瞬頭をかすめた。
    プラトニックなのか、それ以上のいろんなことまで関係を進めるのか。まぁ、本で描かれていたああいった関係はそもそも恋愛なのかも曖昧なものだから今の世の中の色恋のように考えちゃいけないのかもしれない。
    そんな空想を目の前のわがまま姫を見ると同時にコーヒーを挽きながらしていると、だんだんまんざらでもないという気がしてきた。そう、この子、かわいいんだよね。悔しいほど。そんな相手に「お姉さま」なんて呼ばれるのもまんざらでもないのは事実なわけで。
    ここが新興住宅地の建売住宅のリビングなんかじゃなく、ふたりだけしかいない 静かな庭園のきれいな藤棚の下だったとして。そこでお互いの手をとって見つめ合って何かを誓うのも悪くないかもしれない。
    ありきたり。それこそ「その手」の少女小説のステレオタイプしか思いつかない自分の想像力が情けないけども、その安っぽい空想や今なんとか思い出せる小説に登場する少女たちの想い合う姿がコーヒー豆を挽くわたしとそれを待つ友達に重なった。
    ミルのハンドルを回すのを再開した手が自然と止まる。一瞬、右手をハンドルから離して頬をなでようとした。
    その瞬間、わたしは我に返った。
    「ありえない……」
    呆れとも後悔とも取れる感情でわたしは自分の空想を悔いた。
    しばらく恋愛してないからかな。前の彼氏と別れるまではフリーのときも男の子とデートすることもそれなりにあったりしたわけで。
    わたしはぼんやりとそれこそ「ありえない」可能性を思い浮かべながら、それを振り払うようにムキになるように豆挽きを再開した。
    「ねぇ、お姉さま」
    頭の中で浮かんだ空想に悩まされたわたしの苦しみを目の前にいながら何も知らない友達はまだ小説の真似を続けている。
    「何かしら?」
    わたしもわたしで多少はわざとらしく返事をする。
    「挽き終わったコーヒーでゼリーも作ってほしいなぁ」
    いつもなら「素敵な男の子に出会った時にそういうのはとっておきなさい」と言いたくなるような猫なで声で小説ごっこのお嬢さんは言う。
    その言葉を聞いた瞬間に、わたしの後悔は確実なものになった。
    わたしはこの子と姉妹の契りを交わして、恋すらするかもと頭の中で物語を描いていた。ほんの一瞬の空想だけどもこんなことすら思っていた。それを「悪くない」って。
    けれど、そんなわたしが馬鹿だった。さて、今わたしたちがしなければならないことは何なのか。我に返ってミルの中の豆がさっきまで入っていたコーヒー屋さんの袋が目に入ると思い出した。
    ゴリゴリという音を立てるミルのハンドルを回す手を止めてわたしはさっきとは違う気持ちで目の前の友達を見つめた。
    そりゃあ、わたしが女の子に恋をできるならこの子を選ぶけどね。残念ながらわたしはそうじゃないし、本の真似をすることも柄じゃない。それよりもこの雨のけだるい午後の目的が大事。
    「どうしたの?」
    唇を尖らせて腰に手を当てて自分をじっと見たわたしに友達は違和感を覚えたらしい。
    わたしはミルを差し出して椅子に腰掛けた。思ったよりも腕に疲労感がある。
    「とりあえず、交代。わたし、疲れちゃった。後はまかせた」
    「えー!? でもぉ……」
    ミルをこちらに戻そうとしてきたがそっぽを向いたわたし。どうやら「かわいい妹君」はできないと観念したらしい。
    友達はしぶしぶコーヒーを挽き始めた。わたしはそれを頬杖をついて見ている。
    不貞腐れた様子で今度は向こうが唇を尖らせてふぐのようにほっぺたを膨らませた。
    そんな様子を見ていて、さっきはドキッとする感じがしたんだけども、それとは別に「かわいいな」という気持ちが蘇ってきた。
    コーヒーが挽き終わるまでのあと少しの時間、この近い距離でいつもと違う気持ちでいつもの友情と違う気持ちをわたしも味わわせてもらうことにしよう。

     

    BGM : "Weekend's Daydream" - three berry icecream

     

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    知っていました

    • 2017.03.13 Monday
    • 23:02

     次にここに貴女と来るのは何時になることでしょう。明日、あの方との暮らしが始まる不安で世間知らずの頃が懐かしい。契りを交わし誰よりも近かった私達。これからも同じでしょうか。貴女の心を知りながら祈るだけです。

     

    https://twitter.com/ryo344/status/841286650705534976

     

    ------------------------------------------------------

     

    昨日に引き続き百文字噺の第三弾です。

    昨日のお噺とは別視点の物語を描いてみました。ある出来事を異なる立場から語っています。

     

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    眠れないペン先

    • 2017.03.12 Sunday
    • 23:22

     夜風に慰められ窓を閉じ机に向かって綴る言葉はすらすらと出ながらも自分が書いた気がしない。だけども封蝋はどこか怖くもう一通、認めることに。ただ、これは送れない。けれど全て綴ろう。滲むインクと一晩の間。

     

    https://twitter.com/ryo344/status/840929452481691648

     

    ------------------------------------------------------

     

    また間があいてしまいましたが百文字噺の第二弾です。

    これは一つの出来事を二つの異なる立場から書いてみようということで、今回の物語の「反対の立場」から書いたものを投稿予定です。

    百文字という制約のなか削ぎ落としたお話なので、あれこれ想像してもらえればうれしかな。

     

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    ためいき afternoon

    • 2017.02.21 Tuesday
    • 23:35


    ヒマだな土曜の午後って……。
    なかよしの友達はみんな都合悪いみたいだし。
    あたしはふわふわしたお部屋の空気の中でなにげなくそんなことを考えながらため息をついた。
    こんな時って、爐△了勠瓩寮爾聞きたくなるんだよね。
    とっても仲のいい友達で、一緒にいるだけであたしに爐佞錣鱈瓩辰討い幸せをくれる男の子……。
    爐燭らもの瓩世茲諭
    この気持ちって、本なんかじゃ猯瓩辰童討鵑任襪韻鼻K榲にそうなのかっていうとあんまり自信ないや。
    そんなことが頭をよぎったらちょっと苦しい感じのためいきが出た。
    きらいじゃないけどねこの感じ。
    だって、苦しいだけじゃなくて、爐佞錣鱈瓩辰討い幸せがあるんだもん。
    カレンダーの日付けはクリスマスまでは早いけれど、今日、学校の帰りに買ったばかりの毛糸でプレゼントつくろうかな。爐△了勠瓩法
    ありがちだけど、マフラーとか手袋がいいかな。
    ニュースで言ってたもん。「今年の冬は寒くなる」って。
    何をつくろうか決める前にもうちょっとだけ、爐△了勠瓩里海塙佑┐討燭い福
    爐佞錣鱈瓩辰討い幸せはミルクティーと同じくらいのあたしの大好物だからね。
    なんか、体があったかくなったような気がする。
    どうしてかな?
    そんなことを考えてると、家で飼ってる子猫があたしの部屋に入ってきたのに気づいた。
    この子は半年くらい前に家にやってきたの。向こうはどう思ってるかは知らないけれど、あたしはこの子のことを妹だと思ってる。
    体の小さなシロネコですごくかわいいの。
    子猫があたしのところに来ると、あたしは彼女をそっと抱いた。
    あったかい……。
    窓から入ってくるやわらかいお陽さまの光と子猫の体温が、ね。
    あたしはそっと子猫の頭をなでる。
    すると彼女は気持ちよさそうに目を細める。
    なんか、幸せそうだね。
    ふぅ……。
    今ごろ爐△了勠瓠△匹Δ靴討襪里な。
    爐△了勠瓩硫箸任盪卩を飼ってるんだよね。
    爐△了勠瓩硫箸了卩はクロネコさんだったな。
    あたしが白で、あの子が黒。
    『オセロ』ってシェークスピアのお話があったけど、それみたいだね。
    でも、図書委員の先生が悲しいお話だって言ってた。
    あたしはそんな風にならなきゃいいな。
    あ……。
    あたしは急に思い出したことがあって立ち上がった。
    子猫はびっくりして走って行っちゃった。
    ごめんね。
    あたしはそう心の中で謝ると、机の引き出しを開けた。
    すると2枚の映画チケット。
    先月、ママが勤め先の人からもらってきたの。忙しくて行けないからって。
    『オセロ』と同じシェークスピアのお話、『ロミオとジュリエット』のチケットなの。
    ずっと昔につくられたすてきな映画なんだって。
    2枚あるから爐△了勠瓩醗貊錣帽圓たいな。
    男の子ってこういう映画って好きじゃないかな?
    誘いたいんだけど「イヤ」って言われるのが怖くてできない。
    映画、今月いっぱいなのに。
    あたしのバカ。
    あたしの弱虫。
    ううっ……。
    なんか悲しくなってきた。
    やっぱり、涙、出てくるんだ。
    別に泣くようなことじゃないし、あたしが悪いのに。
    空気の抜けた風船みたいな気分。
    あたし、子供すぎるのかな?
    もっと大人になれたらいいのに……。
    今日はもう心の空気が抜けるのイヤだからプレゼントのこと考えるのよそうかな。
    はぅ……。
    さっきよりもためいきが苦しい気がする。
    横になってお陽さまの光でも浴びてよう。

     1時間くらいたったのかな。
    いつもならお陽さまの光が気持ちよくて寝ちゃうんだけど、今日は爐△了勠瓩里海箸頭を駆けめぐって涙が出てきたりしてぼうっとしてるだけ。
    爐△了勠瓩里海箸鮃佑┐舛磴Δ里呂い弔發里海函
    でもね。こんなに苦しいのは初めてなの。
    どうすればいいんだろ、こういう時。
    友達に相談すればいいの?
    ――でも、友達に「爐△了勠瓩里海塙イなんじゃない?」って聞かれたとき「ちがうよ」って否定してるからできないよ。
    それに、あたしの思ってることってみんなの言ってる「好き」なのかよくわからないし。
    なんだかこういう時って爐△了勠瓩寮爾鬚垢瓦聞きたいんだよね。
    爐△了勠瓩里海塙佑┐洞譴靴なってるのに。
    しかも、気をそらそうとしてもよけいに爐△了勠瓩里海塙佑┐舛磴Α
    こんな気分って、この間、学校で習った猝圭皚瓩辰童斥佞ぴったりだよね。
    それに、ただ「一緒に映画、観に行こう」って言うだけなんだよ?
    考えてみたら爐燭辰燭修譴世韻里海鉢瓩覆里法
    あんまり考えることないのかなぁ……。
    でも、「イヤ」って言われたらイヤだし。
    ひとりで観に行くにもチケット2枚あるし。
    他の友達を誘うのもなんか……。
    やっぱり爐△了勠瓩塙圓たいよ。
    なんかさっきから猝圭皚瓩个辰りだな。
    あたしってバカ?
    ――バカだよね。別にそんな深く考える必要なんてないのに。
    はぁ……。
    家の中が静かすぎてよけいに考えちゃって、苦しいのが大きくなってる気がする。
    お母さん、早く帰ってきてよ。
    なんか静かで怖いよ。
    …………………………………………。
    黙ってたら苦しいし、ひとりであれこれ考えるのバカみたいだから、爐△了勠瓩謀渡辰けてみようかな。
    …………………………………………。
    でも怖いな……。
    …………………………………………。
    ――でも、黙ってても何にもならないし……。
    かけてみよう、電話。
    あたしはお母さんにムリ言って部屋に置かせてもらったコードレスフォンを手にとった。
    爐△了勠瓩療渡暖峭罎話蚕魅瀬ぅ▲襪劉燹遙記瓩謀佻燭靴討△襪痢
    でも、今日は短縮はやめにしよう。
    なんか、『すぐつながっちゃうこと』が怖いから。
    ひとつひとつ、爐△了勠瓩療渡暖峭罎離椒織鵑魏,靴討い。
    その時、息がつまりそうなほどドキドキしてくるの。
    ちょっと手が震えてるかも。
    あ……。
    あたしは思わず電話を受話器に戻した。
    なんだかなぁ……。
    「映画、観に行こう」って誘うだけなのに。
    なんで電話かけるのが怖いんだろ。
    いつも、電話をかけておしゃべりをしたりしても平気なのに、どうして?
    …………………………………………。
    ああっ!もうやめたっ!
    後にしよう。
    とりあえず、落ち着くことが大切かも。
    なんかイライラしてるし。
    もうちょっと横になってようかな。
    お茶でも飲もうかな。
    お散歩でもしてこようかな。
    TVでも観ようかな。
    ラジオでも聴こうかな。
    爐△了勠瓩誕生日にくれたトランジスタラジオで。
    去年のことだよね。あたしは『小公女』のビデオをあげたんだ。
    「お互いの好きなもの」をプレゼントしあおうって約束だったから。
    けっきょく爐△了勠瓩里海箸ぁ。考えることって。
    まぁ、いいや。
    あたしは机の上からラジオをとってスイッチを入れた。
    この時間って何やってたっけ?
    まぁ、いいや。
    あたしはいつもよく聞く放送局にチューニングをあわせた。
    あ、音楽が聞こえてきた。
    外国の曲みたい。歌詞が英語だ。
    小さな頃にちょっとだけ英会話を習ってたから意味はちょっとだけわかるんだ。
    またやろうかな、英会話。
    今の学校の英語の授業なんかよりずっと楽しかった記憶があるもん。
    爐△了勠瓩鰺兇辰董
    ……あっ。
    やっぱり爐△了勠瓩里海塙佑┐舛磴Δ覆 
    うーん。やっぱりみんなの言ってる「好き」ってこういうことなのかなぁ?
    いいや、ラジオ聞いてリラックスしてよう。

     しばらくなにげなくラジオを聴いてたけど、今、読まれてるハガキがきっかけであたしは思わずラジオに集中した。
    だって、そのハガキの内容が今のあたしみたいだったから。
    ずっと普通に友達だったけど、その人のことが気になってしょうがなくなったって。
    あたしは一言一言を聞きもらさないようにラジオを耳のそばに持ってくる。
    そして、それを聴いていてDJのお姉さんの言葉、すっごくいいって思った。
    ――どうしてかはよくわからないけど。
    この言葉、あたしだけの宝物にしよう。
    あたしだけの宝物だから誰にもナイショ。
    うん。これでいいよね。
    だって、わかったんだもん。
    『みんなの言っている「好き」の意味はこういうこと』ってことが。
    だからもし今度、「爐△了勠瓩海塙イ?」って聞かれたら言おうかな。
    「うん」って。
    あたしが爐△了勠瓩里海函峭イ」って気持ちってやっぱり猯瓩辰童討屬鵑世蹐Δ福
    このことをわかったのは今、しゃべってるDJのお姉さんのおかげだね。
    ありがとうDJのお姉さん。
    今日は、初めて聴くこの番組だけど最後まで聴いてみようかな。
    なんか、爐△了勠瓩どうしてラジオをプレゼントしてくれたかわかるような気がする。
    爐△了勠瓠▲薀献大好きなんだよね。
    うん。なんかその気持ちわかるな。
    こんなあったかい言葉をくれるDJのお姉さんがいるんだもん。
    こんな人ばっかりってわけじゃないだろうけど、なんかね。
    ラジオでお姉さんのお話が終わると、歌がかかった。
    知らない曲だけど、ゆったりしてて安らぐような気がする。
    流行りの歌とは違う、ちょっとなつかしい感じの歌。
    そう、窓の外から入ってくるやさしいお陽さまの光のような。
    ふわふわしたこのお部屋の空気のような。
    爐△了勠瓩醗貊錣砲い觧の爐佞錣鱈瓩辰討い幸せのような。
    そんなやさしい歌。
    DJのお姉さんがハガキの女の子に「あなたのための曲だよ」って言ってた。あたしと同じような気持ちらしい女の子のためにって。
    歌詞を聴いてると今のあたしの気持ちにそっくり。
    さっき歌ってる人の名前も題名も言わなかったな。
    この前の曲で終わってから言ってたから、この曲もそうなのかな。
    だったらメモして。あとでCDを買いに行こう。
    ありがとうDJのお姉さん。
    本当に感謝、だね。

     あたしはミルクティーを飲みながら窓の外でご近所の景色を少しだけ染めている夕映えをながめていた。
    すごくリラックスした時間。
    ラジオからもゆったりとした音楽ばかり流れてる。
    今、話しているDJのお姉さんの番組、毎週聴くようにしよう。
    でね、あたし、こんなふうにリラックスしてる時間のおかげでわかったんだ。
    あせっちゃダメって。
    映画に誘うのだって、今月はまだ3週間あるんだし。
    ダメならチケットはもったいないけど今度、別の映画にすればいいし。
    猯瓩辰討茲わからないけど、今のなかよしを続ければどうにかなるでしょ。
    たまにはこんな午後もいいよね。
    なんだかあったかいからね。

     

    --------------------------------------------------------------

     

    今回はハードディスクの整理をしていたら高校時代に書いた小説が出てきたのでお披露目してみました。

    しばらくぶりに読んでみて、全く書いてる内容が変わってない自分にびっくりです。

    片思い中の独り言のお話って実は書いてて楽しかったりするんですけどね。

     

    BGM - 「カモミールの午後」 小森まなみ

     

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    心地のいい見通し

    • 2017.02.20 Monday
    • 23:49

    高台の上から見る景色は何も変わらない

    昨日も同じ 一昨日も変わらず

     

    ここに来る坂道で気が付いてはいたけれど

    今日がちがっていたのは 肌が気づいた

     

    半袖はもうすぐ眠るころかもしれない

    時々そよぐ風がそれを教えてくれている

     

    高台の見通しからこうしてみている

    少しずつ灯り始める明かりたち

    橙色の街が 散らばる光に変わってる

    まばらに きまぐれに だんだんと

     

    切り損ねた髪を邪魔のない風がからかう

    少し驚きながら それでも僕は

    どこへともなく 微笑んだ そして笑った

     

    あれだけ泣いたのに なんだか馬鹿みたいだ

    今はこれが心地いい

     

    見つけるっていうこと

    まだ何かはわからないけど まずは……

    「位置について」

    JUGEMテーマ:

    とどけものはみつけもの

    • 2017.02.20 Monday
    • 23:48

    ドアが開いたらまずはまっすぐ見つめて

    顔をあげて胸を張るぐらいがいいのかも

     

    息をぐっとすいこんだら緊張しすぎないように

     

    今日は大事な脇役だから

    だけど 今日まではとても楽しみだったから

    みんなが見ているから

    それは 大事なお仕事だから

     

    笑顔を決めたら一歩一歩ゆっくりと

    両手に抱えた大切な道しるべを

    まちがいなく届けられるように

     

    トン トン トン トン

     

    なれない靴は少し不安だけども

    赤いじゅうたんで聞こえない足音を

    頭の中で鳴らして数えて進んでいく

     

    小さな段まで来るときれいな姿の主役さん

    わたしに笑顔をくれながらこれからの道しるべ

    小さな輝くリングをそっと手渡す

     

    オルガンの音色はわたしたちの間に

    日差しのようなやわらかさを満たしていく

     

    そう 主役さんふたりのキスは

    なんだかわたしの胸を足跡以上に鳴らしていく

     

    憧れって言葉はこういうこと

    最近知った言葉を心の中で初めて使ってみる

     

    でも たぶん間違っていない

    だからきっとその言葉と一緒に有漢があの子の顔は

    わたしの心を少しばかり賑わせていた

    JUGEMテーマ:

    風がざわめいた日

    • 2017.02.20 Monday
    • 23:43

    風が強い日で少し風見鶏が心配になった。あちこち吹かれて風も見れずに飛ばされないか。だけど、道が灯らずカンテラだよりの私は顔の雨粒を涙に変えて迷ってしまった。ふと、片手があたたかい。あなたが来たのね。

     

    https://twitter.com/ryo344/status/833682621230043137

     

    ------------------------------------------------------

     

    初の試みとして、Twitter上で百文字前後の小説を発表するという作品です。

    題して「百文字噺」といいまして、即興でお話を作るのをやろうというのがコンセプトです。

     

    創作をしばらくおやすみしてましたが、まずは短い作品からですが色々やっていこうと思ってます。

     

     

    秘密はレッスンのはじまり

    • 2014.07.22 Tuesday
    • 23:45

    小さな同居人がわたしをじっと見ている。
    日が傾き始めたころに部屋に戻ってきたわたしは窓の近くから視線を感じてあちらの首を傾ける仕草を真似をしてみる。
    こうしてほんの少しの間だけど、こうして「にらめっこ」ならぬ「ほほえみっこ」するのがわたしの日頃の習慣。
    わたしの同居人はつい四ヶ月前に一人暮らしのこの小さなアパートにお迎えしたセキセイインコだ。よくいる青と白の子で知り合いの家で生まれて貰い手を探していたところにホームシックで悩んでいたわたしが立候補したのが一緒に住むことになったきっかけ。
    バイトや夕方以降の友達との約束のない日はわたしとこの子は水入らずの時間を過ごすことにしている。
    小さな命を預かるにあたって、わたしには友達や親がいるけどもこの子にはわたししかいない。だから、一緒にいる時間を大事にしていく――そう決めたからだ。
    同居人は生後半年の男の子。セキセイインコというのはメスよりもオスの方が言葉を覚えやすいと聞いたことがある。何時頃から覚え始めるかというのはその子によって違うのだそうだけどもそろそろ覚え始める時期という話はよく聞くからこの頃はなるべく話しかけてあげるようにしている。
    まずは定番の自分の名前。セキセイインコに限らず言葉を覚える鳥というのは飼い主とコミュニケーションを取るために言葉や物音を真似るのだとか。それであれば、まずはわたしとこの子の信頼関係は大事。そして一緒に楽しく時間を過ごしていくことが大事。
    この季節には暑く感じてしまう事もあるスウェットジャケットを脱いでハンガーにかけると、窓やドアがきちんと閉じているかを確認した。大丈夫。
    「さぁ、退屈だったでしょ? お姉ちゃんと遊びましょ」
    そう言って、鳥かごの戸を開いた。わたしはこの子にとってお母さんには若すぎるし、友達と言ってはちょっとよそよそしい。だから姉弟くらいがいいかなとこの子をお迎えした日に思ったから言葉の上ではそうして接している。かごの中のおチビちゃんはすこし警戒するようにキョロキョロと周りを見てからトントンと飛び跳ねるように鳥かごの出口に立った。
    わたしはイスに腰掛けておチビちゃんの顔を覗き込む。帰ってきた時のようにまた首を傾げてこちらを見ている。またほほえみっこ。そしてしばらくするとかごから飛び立ってわたしの勉強机の上に止まった。
    インコの足に机の塗装された木は摩擦が少なすぎるのか着地した時に少しばかりバランスを崩していた。
    「こらこら、あぶないでしょ!?」
    わたしは少し慌てて言う。おチビちゃんは「ピ…ピピッ」と可愛い声を上げてから少しするとまるでロックか何かのライブ中継に写り込んだ観客のヘッドバンギングのように首を縦に降り始める。これは楽しいときや嬉しい時にする仕草。そうだよね、昨日からかごの中で我慢してたんだもん。かごの外に出られると嬉しいよね。
    毎日のことなんだけど、おチビちゃんの様子をみていてなんだか愛おしくなって撫でようとそっと手を差し出した。
    撫でさせてくれる事のほうが多いんだけど、時々逃げられたり、不機嫌そうに鳴いたりするので今日は撫でさせてくれる日であることを祈るばかり。そーっと、そっと手を伸ばす。おチビちゃんは少し首を傾けた。これはほっぺたを撫でてほしいという合図だってこの頃気づいた仕草だ。今日は撫でさせてもらえそう。
    あまり早いとびっくりしてしまうからそっと手をおチビちゃんに近づける。指がほっぺたに届くとゆっくりゆっくり撫で始める。おチビちゃんは目を閉じて気持ちよさそうな表情。
    この子は甘えん坊だからきっとしばらくは開放してもらえないかも。

    一度、夕食を支度してから食べるまでの間はおチビちゃんは鳥かごに入ってもらった。火を使うから危ないし人間の食べ物はインコにとってはよくないものもたくさんあるから、それはあの子の安全のため。
    かごに入れた後は寂しがるかと思ってはいたけど、なんだかんだでひとりで遊ぶのも楽しめてるみたい。
    今は勉強を始める前に食後のお茶の時間。
    この頃はお茶に凝っていて色々と買うことが多い。週末に街に出た時にあちこちで見かけるチェーンの輸入食料品店で買ったルイボスティーが今日のティーブレイクのお供。
    わたしはかごの中で鏡に向かって「ピッピッ」とひとりごとを続けているおチビちゃんを眺めながら淹れたてで熱いルイボスティーを猫舌なので息で少しずつ冷ましながら飲んでいく。
    今日、これから始める勉強はレポートがひとつと明日の講義の予習がいくつか。
    ルイボスの香りを味わいながらとひとり遊びを無邪気にしている小さな同居人を眺めて何も考えずにいると、ふと今日の大学での光景が頭に浮かんだ。
    わたし、気になる人がいるんだ。
    その人はクラスメイトで、人数の少ないうちの学科だからそれほど親しくなくても接することはそれなりにある。まだ友達といえる間柄でもないのだけど仲良く慣れるきっかけがあればなって思いってる。けど、それだけ。思ってるだけ。
    とりあえず、今このティーブレイクで考えて課題や予習の時間がなくなっても困るから一旦は頭から追い出さないと。
    飲み干したティーカップを洗おうと立ち上がった時に鏡にひとりごとを言うのに飽きてカゴのこちら側の側面に捉まっているおチビちゃんと目が合った。
    この子のお姉ちゃんである事と今ふと頭をかすめた気持ち。この二つがアンバランスに思えてなんだかおかしくなった。
    「あなたにはわからないよね」
    そう言ってわたしは笑う。そんなわたしを見ておチビちゃんは不思議そうに首を傾げていた。

    勉強してる時はときどき、おチビちゃんに声をかけたりする。
    あまりほったらかしにしてるとさすがに寂しいだろうし、わたしもずっと集中してると息切れしてしまうから休憩を兼ねてそうしてる。
    レポートがちょうど終わったところ。それが終われば予習だけ。
    もうそろそろ夜の10時。さすがに遅くなったかも。いつもならもう少し早い時間にそうしてあげるんだけど、おチビちゃんはもう眠る時間を過ぎている。わたしはかごにブランケットをかけてあげようと立ち上がる。
    その時、携帯が鳴った。
    手に取ると、そこに表示されていたのはクラスメイトの名前。それもわたしが今気になっている人。クラスの最初の飲み会で集合するために連絡先を交換してたんだ。とはいえ、電話もメールもしたことがない。これといって話題がないのと変なこと書いてしまわないか心配だから。それは友達に「考えすぎ」とは言われるんだけど。
    少し焦りながら普段はそんな心配をしないのに操作を間違えないように慎重に電話に出た。応答の操作から相手の声が聞こえるまでやけに時間がかかるように思えた。
    「もしもし?」
    わたし馬鹿だ。声が少し上ずってる。恥ずかしい。
    「――だけど、今大丈夫?」
    「うん」
    「今日出た課題のことなんだけど」
      別に緊張するような事は何もない。それはよくわかってる。電話の要件は今日の講義で出た課題についてだ。でも、どうしてわたしにかけてくるんだろう?
    恥ずかしい勘違いなのをわかってるけど、向こうもわたしのことが……? そう思ってしまいそう。大学の課題についての相談の電話なのに情けないことに気が気じゃない。でも、向こうは別に変な様子には聞こえないから、絶対わたし、勘違いしてる。本当に恥ずかしい。
    「遅くにごめんね。あの先生の説明よくわからなかったんだよ」
    「そっかぁ。その、わたしはたまたま似たようなことを高校時代にやったことがあったから知ってたんだけど、そうじゃなきゃ難しいよね」
    「高校でやったの?」
    「先生が時間余ったから脱線して課題に出されたの。その時もみんな文句すごい言ってたよ」
    「それもすごくない? その先生も鬼だね……」
    やだ、口数多くなってる。わたしは緊張するとどうしても口数が多くて早口になってしまう。
    それはいいとして、さっきまでわたしがやってたレポートはさほど難しい物じゃなかった。これからの予習もまだ優しい。けど、今日の講義で出された課題は結構一年生には荷が重いと思う。担当している先生は厳しい人だと先輩方から聞いたことはあるけど、来週の今日にはみんなが先生が来る前に文句を言うに違いない。過去に似たような課題をやったことがあるわたしでもそう思うから、なおさらじゃないかと思う。
    「ありがとね」
    「ううん、役に立てたみたいでよかった」
    「じゃあ、明日大学で」
    「うん、明日ね」
    電話が終わった。手には汗がびっしょり。携帯が水没状態にならないか心配になるくらいに。
    携帯を耳から離して少し経つとわたしは自分が電話が来るまで何をしようとしているのかが思い出せなくて少し焦った。動揺しすぎ!
    「わたし、やっぱり――君のこと好きなんだ……」
    前に映画で「一目惚れは信じる?」という台詞を聞いたことがある。その時は意味がわからなかったけど、今なら「うん」と答えると思う。そう、これは一目惚れしてるってやつだと思う。「気になる」なんて言葉で意味を弱めようとしているけど、それって「好き」って意味じゃない。
    少しわけがわからなくなってきた。わたし、十八歳の今も恋愛経験皆無。だから、正直怖いけどもっとはっきりと仲良くなりたいって気持ちが今頭のなかに見つかってしまった!
    「――君が好き……」
    「――クン…スキ? ピッ」
    ちょっと待って。今、聞きなれてないはずなのに聞き慣れた気がする声がした。わたしは自分の向いている机のある方向から声の聞こえた反対側へ振り返る。そこにあるのは鳥かご。そもそもこの家はわたしとこの小さなインコしかいない。
    「今、なんて言ったの?」
    「ピッ?」
    「もう一回言ってくれるかな?」
    「ピッ…」
    ダメだ首を傾げてる。気のせいだよね。一つ目は言葉を覚えるのは大変だから一番聞き慣れたこの子の名前になるはず。そう、一回言ったきりの言葉なんて覚えるわけない。
    「――クン、スーキッ?」
    また言った。わたしは今、目と耳の前で起こった出来事を記憶から反芻する。確かに言ってる。
    「言葉、覚えたのね。おめでとう」
    わたしは引きつりつつ笑顔を作っておチビちゃんに言う。あちらはいつもどおり首を傾げてる。わたしはまだ残った予習への気力がなくなるくらいに脱力していた。
    まさか、かわいい同居人の最初の言葉が自分の気持ちの代弁だなんて、喜ぶに喜べない。誰にも話せない。
    できることなら、明日には忘れてて欲しい。この子には申し訳ないけど力なくうなだれながらそう願っていた。

    昨日はあれで終わりだと思っていたけど、あの子は最初の言葉を多少不明瞭とはいえ覚えたようだった。はっきり言って、どうしていいものか困り果てていた。何かの間違い、たった二回のまぐれ、それだったらどれだけよかったことか。
    大学の近くに住んではいるけれど友達が訪ねてきたことはあまりない。仲の良い友達と集まる時はたいてい学食や近くのファミレスやフードコート。近くに住んでいる友達も大学からの方向はまちまち。離れたところから通っている友達もわたしの家がバス停や駅と反対方向だし。
    時々その事を寂しく思うこともあるけど、昨日のことを思い返すと正直うちが友達の集まる場所じゃなくてよかったと思う。
    さすがにあれは聞かれたくない。彼に片想いをしていることはごく親しい友だちには話したりしているとはいえ、飼っている鳥にその事を覚えられてるなんて恥ずかしいにも程がある。
    正直言うと、今日は午前中の講義が身に入らなかった。今は三講目が休講になったのもあったのと友達との予定が合わなかったのもあって大学の中庭のベンチで時間を潰していた。
    今日は適度に暖かい日で外でこうしてのんびり過ごすにはちょうどいい日。心地いい日差しの中で生協の売店で買ったサンドイッチと紙パックのミックスフルーツジュースをお供にこの中庭や渡り廊下やそれぞれの棟を行き交う人を眺めながら。
    のんびり過ごすこと以上に考え事をするにはちょうどいい。
    片想いとインコの余計な言葉、この二つは解決方法が思い付かないし考えれば考えるほどわたしを悩ませる。
    まずは仲良くならなくちゃいけないけど、接点ってどうしたらいい?
    そもそも小鳥に覚えた言葉を忘れさせるってどうしたらいい?
    ため息がどうしても出てくる。こんな深い溜息なんて受験勉強で煮詰まってた頃以来じゃないかな。
    「おつかれ。昨日はありがとね」
    聞き覚えのある声。その声の主は昨日電話をくれたクラスメイト――わたしの目下の想い人……っていう人。
    「こん…にちは。あ、その。いいの。無事、終わった?」
    やっぱり動揺しすぎ。最後の一言だけは持ち直したけども。
    「なんどか。二時までかかったよ。――さんは?」
    「まだやってない。だって来週だから」
    「そっか。俺はいつもギリギリにやるんだけどそれだと間に合わない気がしたから先にやったんだ。助かったよ。あのままだったら全く手を付けられなかった気がする」
    そう言って彼は笑った。クラスの飲み会以来かな、笑ってる顔を見るの。
    「そういえば、一人?」
    「うん、みんなと予定あわなくて。なんとなくサンドイッチ買ってここでね」
    「俺もここいいかな?」
    「え、あ、うん、いいけど?」
    わたしは彼の言葉に少しびっくりした。でも、落ち着いて。特に意図はないだろうから。
    「俺も今日は一人なんだよ。で、生協で弁当買ってきたから」
    そう言ってクラスメイトはわたしの横に座る。わたしが端っこに座ってるのもあるけど、あちらも反対側の端に座ったから少し離れてる。動揺してるの気が付かれなさそうだし少しは落ち着いていられそうだし助かったかも。
    彼は袋からお弁当をだして食べ始めて、わたしも話しかけられてから中断してた昼食を再開した。
    そして、どちらともなく自然と始まったのは他愛もない話。飲み会では席が離れてたし、普段から挨拶するくらいだからこんな風に話すのははじめてかも。そんな間柄だから話題は自己紹介のディテール部分というところ。でも、なんか楽しい。
    「そういえばさ、この間――さんと話してるのがちらっと聞こえたんだけどペット飼ってるんだって?」
    「ああ、うん、セキセイインコをね」
    「しゃべるやつ?」
    「そう」
    「どんな感じなの?」
    少しだけ「しゃべるやつ」という言葉にビクつきながらも、いや、それを誤魔化すためにうちのおチビちゃんについて話し始めた。
    頭が白で体が青。ほっぺたをなでられるのが好きなこと。テーブルの上にいる時は物を下に落とすのが好きなこと。大好物が粟穂ってこと。思いつく限り色々と。
    「なんか、すごい楽しそう。鳥が好きなんだね」
    「鳥は感情豊かだから。一緒に暮らしてて飽きないよ」
    「しゃべる鳥だって言ってたけど、なんかしゃべるの?」
    わたしはその質問に少し焦った。そう、彼がくるまでずっと考えてた悩み事がうちのインコの話す言葉だから。
    「えっと、まだ小さいからこれからかな」
    昨日の電話のように声が上ずらないように「慎重に」と自分に言い聞かせながらわたしは答えた。もちろん答えは嘘。本当のことなんて言えるわけがない。言ったら引かれるのは確実。
    どうしよう、ドキドキしてる。まったく、あの子さえ余計な言葉を覚えなかったらこんなことにならずにすんだのに!
    「名前とかが多いのかな?」
    「……だと思う、最初は。一番聞く言葉だろうし」
    「なんかさ、前にネットで見たんだけど昔話とか歌とか覚えてるのもいるんだよね」
    「そういうの見たことある」
    「今度、――さんのインコに会わせてよ」
    「え?」
    「言葉を覚えたら、でいいから。実は動物好きなんだ」
    「そうなんだ」
    そうして話している時に三講目が終わるチャイムが聞こえてきた。ずいぶん長く話してたみたいだ。わたしたちは四講目にそれぞれ違う講義があるので挨拶を交わしてその場を後にした。
    最後の最後に心臓の悪いことを言うもんだから次の講義のある二号棟の中を歩きながら一生懸命呼吸を整える。
    あれは社交辞令なんだろうか。そうでないなら、本当に対策を考えないと。
    そして、あの場所での二時間少しの時間、気が気じゃなくて落ち着かなかったけど今思うと楽しい時間だった気がする。

    昨日今日と思ってもみなかったようなことが起こりすぎて帰宅する頃にはすっかり疲れ果てていた。
    四講目はなんだか落ち着かなくて半分くらい先生の話を聞いていなかったから誰かにノートを借りないと。グループワークがあったり少人数クラス分けがなくて本当によかった。座学じゃなければとても今日の気分で乗りきれなかった。そこは少し運がよかったと思う。
    インコの件はともかく、昼休みのことは運がいい事ではあるかな……。
    「――クン、ス、キ」
    アパートについてインコへの挨拶もそこそこにベッドに腰掛けてぐったりしているわたしの耳に昨日からの悩みの種が飛び込んできた。
    「もう!」
    わたしは口をへの字にしてインコのほうを見た。昨日まで無邪気にかわいがってたけど、今日はなんだかそういう気分になれなかったから。でも、かごの中であの子は昨日までと全く同じようにピヨピヨひとりごとを言ったりかごの中の輪っかや鏡いついたそろばんみたいな串刺しボールで遊んだりしている。
    「あなたはいつもどおりなんだもんね。ごめんね」
    遊びに夢中なおチビちゃんにわたしはひとりごとを言った。そう、悩みの種だけどこの子はかわいいかわいい弟なんだ。ほんの少しだけど邪険な扱いを心のなかでしていた事を少し反省した。
    気を取り直して、たまたま買った本の付録についてきたボサノヴァのCDをパソコンに入れていたのを再生した。今日はバイトもないのと例の課題も来週までだし少し気持ちを楽にしようとダラダラと過ごそうかと思う。昨日みたいにルイボスティーを飲もうと思ったけど、それも億劫だからもう少しダラダラしていよう。
    「ピッ! ピッ、ピッピピッ!」
    おチビちゃんは規則的な鳴き声をあげた。スピーカーから聞こえてくる音楽を真似してるみたい。かごの時々端から端まで空中を這わせた棒の上を行ったり来たりして時々、首を振りながらずいぶんと昔にブラジルで録音された音楽の真似になってない真似をしている。
    セキセイインコや他の言葉を話す鳥達で歌を覚える子はたくさんいる。この間、動画サイトで見たオカメインコはいろんな曲をところどころオリジナルメロディに間違えながら歌っていたりしていた。
    この子もこうやって覚えていって歌うようになるかもしれない。それにはスピーカーから流れる音楽じゃなくてわたしが歌ってあげれば覚えやすいのかも。
    そうすれば楽しい……あ、もしかしたらこれは名案かも。
    わたしは今頭をよぎったアイディアを捕まえようと慌ててベッドの上に置きっぱなしにした携帯を取った。連絡先一覧から探し出した実家の電話番号へ通話を開始する。
    「もしもし、お母さん?」
    数週間ぶりに聞く聞き慣れた母の声だ。わたしは都合を確認すると話を続けた。
    「わたしの使ってたキーボードってまだ残ってる? あれ、こっちに送ってもらえないかなと思って。置くところ? 大丈夫、そんなに大きいものじゃないでしょ。ピアノ送ってって言ってるんじゃないから。うん、お願いどうしても必要なの」
    高校時代にバンドをやっていた先輩に憧れてお金を貯めて買ったキーボードがあったからそれを送ってもらおうと思った。ピアノを習っていたことがあって電子ピアノを他に持っていて本当はあっちのほうが良かったんだけど、大きくてわたしの小さなアパートに置けないからそっちならちょうどいいと思って。
    母は「勉強はちゃんとやってるの?」など心配そうにキーボードを送るのを渋っているけど、電話口で「お願い」という言葉を繰り返しているうちになんとか折れてくれた。理由を色々聞かれなくてよかった。
    こういう時に保育の学校に行った友達が少しうらやましくなる。わたしの行ってる学科じゃ音楽ができる必要がないわけだから説得が必要になるわけで。ピアノに比べたら小さいとはいえそれなりに送料がかかるし、親元から離れて勉強せずに遊んでるんじゃないかと心配されるだろうし。
    それに、そもそもわたしがキーボードが必要になった理由なんて友達でも言いたくないのにそれが親ならなおさらだ。
    その後、いくつか別件でのお小言を言われてからなんとか平和に母との通話を終えた。今日二度目、昨日から数えたら三度目の心臓に悪い出来事。ただ、前二つのインパクトが大きかったからまだまし、とは思えた。
    母との通話の間も流れていたボサノバの曲達はとっくに終わっていて、ふと気がすくとおチビちゃんの鳴き声が時々聞こえる程度に部屋は静かになっていた。なんとなく寂しくなってわたしはうろ覚えに口笛であちこちでカヴァーをされている有名なボサノヴァの曲を吹く。曲の途中からおチビちゃんはわたしの口笛についてまだ到底歌とは言えない鳴き声をあげた。
    わたしは少しだけかがみこんで鳥かごの中のおチビちゃんの目をじっと見た。おチビちゃんはいつもどおり首を傾げる。
    「もうすぐ、キーボードが届くからそしたら歌のレッスンをするからね。それと……」
    携帯に空き時間にダウンロードした著作権切れの童話を表示した。
    「お話とかも覚えてもらおうかな?」
    おチビちゃんはこちらの言ってることがわかっているのかいないのか首をふって楽しそうに棒の上を行ったり来たりのダンスをはじめる。わたしはなんだかその様子がおかしくて吹き出してしまった。
    「あなたにはたくさん覚えてもらう事があるから楽しみにしててね。がんばってもらわなきゃ」
    ――できれば、昨日覚えてしまった言葉を忘れてくれるように。そう心のなかで付け足した。
    本音を言うと今日はこの子のおかげで昼休みから三講目までの間の会話が進んだことがあるから感謝している部分もある。まだ挨拶を交わすクラスメイト程度の間柄から先に進む事、この片想いをきちんと形にすること、この二つは先の見ない課題ではあるけど、この子に「がんばってもらう」と言った以上わたしもがんばらないとなぁとは思う。
    大学生活と一人暮らし数ヶ月目で生活になれたばかりだけど、そこで目標というか「がんばるべきもの」が二つ見つかったのはこれから先の生活を楽しくするにはいいことかもしれない。
    思いついてから一気に準備をしたけど、なんだかこれからの出来事が楽しみに思えて昨日からの疲れや困り事がすっかりなくなっている。
    まずは今の状況を楽しんでいこう、頭の中はとてもシンプルに前向きになっていた。
    「わたしもがんばるからね」
    おチビちゃんはウインクしながらそう言うわたしにやっぱりいつもどおり首をかしげて不思議がっていた。


    BGM - 「毎日に魔法をかけてこう」 CECIL

     

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